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日常臨床を見つめるもの(杉林, 2007)

 本来「非日常的」であるはずの「臨床」も臨床感覚を研ぎ澄ましていないと、すぐに自堕落な「日常臨床」に埋没してしまう。「日常臨床」の中で漫然と不十分な精神療法が続けられてしまう。それでいいのか、という警鐘は常に精神療法の側からなされる。誠実な臨床家はその都度気持ちを新たに精神療法に取り組むだろう。(p.1375)