ビクセルは、現実について物語ろうとすると常に想像力による構成という作業が入ってしまうので、現実を忠実に再現することなどできないと言い、そしてこのことに恥ずかしさを覚え、物語を断念せざるを得なくなると言います。したがって、《物語を描くことが不可能であることについて物語を書くこと》こそが、文学の古くからのテーマであると語っています…(中略)…作家は《(定冠詞付きで単数形の)歴史》を書くのではなく、《(無冠詞で複数形の)物語》を書くのです。これが、自分が取り組んでいるものを、つまり《歴史》をを複数形にすることは不可能だと信じている歴史家と、作家を区別します…(中略)…作家が《歴史》ではなく、(複数の)物語を書くときにのみ、--そして私はすすんで故意に前言と矛盾することを述べますが--作家が単数の現実ではなく、複数の現実を描写するのです。複数の現実が存在するときには、私たちはそれをもはや現実とは呼ばず、可能性と呼びます。《もし何々なら、どうなる》というのが、複数の物語を引き起こす問なのです。(pp.94-5)
読者とは、時として、すぐに答えを呼び寄せようとはせず、問いと付き合うことのできる人間です。読者とは、問いの中に生きる者であり、答えの中に生きる者ではありません。(p.98)